第1回シルバーバーチ読書会(2004/2/22)

「シルバーバーチのスピリチュアルな生き方Q&A」
第1章 「祈り」

Q1
 Q:祈るということは大切でしょうか?
 A:それは、その祈りがどういうものかであるかによって違ってくることです。
   〜
   祈ると言うこと、真実の自分を顕現すること、心を開くこと、これが背後霊との一体化を促進するのです。

No.1 cerefica 祈りの重要性について述べておりますが、 具体的にどういう祈りが望ましいと思いますでしょうか? 例えば、「大学に受かりますように」という祈りは望ましいでしょうか?

No.2 Aさん 望ましくないです

No.3 cerefica 望ましくないですね。

No.4 Aさん 神、大いなる存在のために祈るのが良いと思います

No.5 cerefica あとは、大霊の子等、つまり他の人のために、人の幸せのために祈るのがやっぱり望ましいと思います。

No.6 Aさん でも、なかなかそれが出来ないんですよね

No.7 cerefica あと、背後霊との一体化を促進するというのがちょっと私良く分からないのですが・・・これはどういう意味でしょうか?

No.8 Bさん 背後霊の霊格に近づけることだと思います。

No.9 cerefica なるほど

No.10 Gさん 守護霊は複数いると聞いたのですが・・・

No.11 cerefica 言葉の定義によって変わるかも知れませんが・・・ 守護霊は必ず一人です。背後霊の数は人によって違うらしいです。

No.12 Bさん 背後霊は類魂ですか?

No.13 cerefica 守護霊は類魂の可能性がありますが、背後霊は類魂とは限らないです。 あと、大霊の心と一体となるというのが抽象的で良く分からないのですが・・・ 「大霊の心」というと分かりづらくなるのかもしれませんが、「大霊の望み」といったらどうでしょうか? 「大霊の望み」というのは、つまり、人々の幸福だと思うのですが、それを願うのが「大霊の心と一体化」なのではないでしょうか?

No.14 Dさん 魂のシフトだと思います。

No.15 Dさん ものごと何かをしたいと思ったときに、うまくパパパッといったときに、それが「大霊の心と一体化」した状態なのではないかなと思います。

(試練の話に移って・・・)

No.16 Aさん 何事もなく生活していると魂の格があがっていかないわけですよね。 それで、格を上げるためにこの世に生まれてきたわけであって、 平凡な暮らしでは格を上げれないので、それで、試練が与えられるわけです。 また、試練が大きいほど良いわけです。 苦しみがあるから魂が磨かれるわけです。 逆に考えると、何事もなくて、裕福な場合は、魂が向上しないわけですよ。

No.17 Dさん 苦しみを味わうことによって幸せが分かるんですよね。

No.18 cerefica 試練はその人が乗り越えられる分しか与えられないんで、 逆に言い換えると、 乗り越えられるものしか与えられないということは、(必ず試練を)乗り越えられるんですよ、頑張れば。 それ以上のものは与えられないようになってるんです。

No.19 Aさん (亡くなった作家について言及して) あれだけ立派な方がやはり苦しんでいるんですよね。耐えられる試練が与えられるとすれば、あれだけの人だったら本当は耐えられるはずなんですけども・・・。

No.20 Gさん しなくていい苦労はしなくていいんじゃないかな。

No.21 cerefica するべき苦労はあっちから来ますからね。

(大霊の心と一体化とは何かという話に戻って・・・)

No.22 Fさん 自分のなかのものが抜けたときに、大霊が入ってくる感覚になります。

No.23 cerefica 抜けたというのは、良く言う「小我」というやつですか?

No.24 Fさん はい。

No.25 cerefica こだわりとかそういうものですかね?

No.26 Fさん はい、心の中のおしゃべりがなくなって、大霊が入ってくる瞬間があります。

No.27 cerefica いやぁ、私は、そのような経験をしたことがないから羨ましいです(笑)

Q2
 Q:祈りは主観的なもので、客観的な結果は生み出さないとおっしゃるのでしょうか? 人間的に立派になるだけで、具体的には何も生み出さないのでしょうか?
 A:真実の祈りは、人のために役立つ行為への心の準備であらねばなりません。
   〜
   私のいう祈りは、他人の書いた意味のわからない文句を繰り返すことではありません。
   〜

No.28 cerefica 「他人の書いた意味のわからない文句」とは具体的にはどういうものだと思いますか?

No.29 Bさん 「○○○」(※)は意味ないと思います。
(※管理者注:実際は、ある宗教のお祈りを指しています。)

No.30 cerefica 「○○○」というのは意味分からないですよね。多分、そういう類だと思うんですよ。 私がスピリチュアリズム良いなと思ったのは、それぞれ祈りって自由じゃないですか。 それが何か素晴らしく合理性を感じたんですね。 言葉という限定されたものが固定化された祈りって何か違うんじゃないかと思っていたので、 「これ、すごい合理的だな」と思いました。

No.31 Cさん 「意味が分からない文句」について私自身が考えることは、 例えば、他の宗教にしてもそうなんですが、決まった祈りや言葉だけを口に出すだけなら意味がない、 同じ言葉を使っていても、自分の心がこもっていれば良いと思います。

No.32 Bさん 心がこもっていれば、「○○○」でも良いと思います。

No.33 cerefica でも、心をこめるの難しくないですかね? 言葉の意味がまず分からないし・・・

No.34 Bさん 言葉の意味を調べれば・・・。

No.35 cerefica あ、でもそれも逆に「あり」だと思いますよ。 逆にそれがいけないというのも、また違うと思います。 結局、心がこもっていれば良いのかなと思います。

No.36 cerefica どのようにしたら、心をこめた祈りができると思われますか?

No.37 Eさん 心を落ち着かせることです。

No.38 cerefica 普段の日常の細々としたことを忘れて落ち着くということですかね?

No.39 Eさん はい。

No.40 cerefica 「感応するインスピレーションに満たされて」とあるんですけど、これ、意味分かる方いますか?

No.41 Dさん 直感ですね。

No.42 cerefica 良く「インスピレーション」と聞くんですけど、分かりづらい言葉だといつも思っているんですけど、「直感」だと思えば良いんですかね?

No.43 Dさん そうです。

(インスピレーションの仕組みの話に移って・・・)

No.44 Fさん 利他愛の実践というのか人のために何かやってると、よく向こうからやってきてくれますね。

No.45 cerefica 霊界にそういう助けたいと思っている霊がすごいたくさんいて、人を助けたいという祈りが、そういう霊たちを呼び込んでいると思うんですね。結果的にそれがインスピレーションになっているのかなと思います。